イリーナ・オシポワ 、ロシアNOWへの特別寄稿
宮廷御用達のジュエラーたち
ファベルジェに限らぬ宝飾品のプロ
 ロシアの宮廷御用達の宝飾職人というと、カルル・ファベルジェの名前が真っ先にでてくる。イースターエッグ、豪華なシガレットケース、その他皇族の贈り物となっていた美しい品物の数々を生みだした職人である。だが御用達の宝飾職人または宝飾商には、他にも金や銀をあつかうプロたちがいた。
ジェレミー・ポジエ
 ポジエはダイヤモンドをはじめとする宝石のカットの優れた職人で、戴冠した女帝アンナ・ヨアノヴナ、女帝エリザヴェータ・ペトロヴナ、女帝エカチェリーナ2世に高く評価されていた。これらの女帝の時代、宮廷は文字通り輝いていた。ポジエはロシアの生活について、「宮廷の淑女らは驚く量のダイヤモンドを身に着けている」、「プライベートな生活でも高価な衣装を着ずに出かけることはない」と述べている。

スイス人のポジエは小さい頃にロシアに来た。一説によれば、ピョートル大帝の時代の宮廷で専属外科医となっていた親戚の招待で、父と一緒に歩いてサンクトペテルブルクに来たという。父はやがて亡くなり、ジェレミーはフランス人のダイヤモンド研磨工ブノワ・グラヴローに弟子入りした。

 ポジエには21歳の時にすでに自分の工房があり、四半世紀にわたり、宮廷、貴族に仕えた。ダイヤモンドが散りばめられたタバコ入れ、バックル、ブローチ、勲章、女性の髪結い用のピン以外に、ポジエはそれほど裕福ではない発注者にもより安い装飾品を制作していた。宝石の一部をカラーの敷フォイルのあるカットガラスに代えていたが、宮廷では誰にも違いが気づかれないほど巧みであった。



宝玉で作ったブーケ
1740年代
ボリン家
 19世紀末から20世紀初頭、皇族は大公女を結婚させる際の持参品として、銀食器をファベルジェに、宝飾品をボリンに発注していた。この事実は工房への信頼度と注文の特別性を物語っている。

 ボリン家は古くからの宝飾職人の家系である。商会は1796年、パーヴェル1世およびアレクサンドル1世の専属宝飾職人であったザクセン出身のアンドレアス・レンプラーによってサンクトペテルブルクに創設された。レンプラーの仕事を引き継いだのは婿であるドイツ人のエルンスト・ヤンと同じく婿のスウェーデン人のカール・エドゥアルト・ボリン。カール・エドゥアルト・ボリンの姓がいまだに残っている。ロシア革命前に子孫の一人ワシリー・ボリンは、ヨーロッパの上流社会が好んで休暇先にしていたリゾート地バド・へーエンブルクに支店をつくるため、サンプルとスケッチを手にドイツに行った。


飾りトレイ
 ところが第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパで足止めされてしまう。ストックホルム経由で帰国しようとした時に、スウェーデンの銀行家と会うことになり、おしゃれな店を開店することで合意。開店祝いにはスウェーデン王グスタフ5世も出席した。1年後にロシア革命が始まり、サンクトペテルブルクの商会は閉店。だがスウェーデンの支店「ボリン」はいまでも、スウェーデン王室の宝飾品の供給業者となり続けている。

 ボリン家は洗練された高価な宝飾品で有名になった。ボリン家がいつものように全ロシア展覧会で賞を受賞した1870年、「長期にわたり商会が存在しながらの、完璧な宝飾品づくり、巧みな宝石の選定、模様の優雅さに対して」との文言があった。残念ながら、これゆえに製品はほとんど残っていない。ボリシェヴィキは押収した帳簿をもとに製品を探し、宝石を没収し、個別に販売した。

 残っている宝飾品の一つを現在、イギリスのエリザベス女王が所有している。大きな真珠の下げ飾りのついたダイヤモンドのティアラは、ロシアの皇帝アレクサンドル3世の弟の妻マリア・パヴロヴナ大公妃のために作られたもので、ロシア革命の後、イギリスの外交官の助けを借りてロシアから持ち出され、イギリス国王ジョージ5世の妃であるメアリー・オブ・テックが入手し、その後現在のエリザベス女王の祖母が入手した。


宝石をちりばめた、台上のイースター・エッグ
19世紀末~20世紀初頭
I.P.サジコフ商会
 18世紀末に創業した商会の一つで、1851年のロンドン万博で知られるようになった。だが同じようにここで成功したボリンとは異なり、イグナチー・サジコフは民族的な「ロシア・スタイル」を発表していた。

 銀工房を当初、モスクワに創設していた。そして塩用の小さなスプーンから教会のイコン(聖像)の縁飾りやイコノスタス(聖障)までの、あらゆる種類の銀製品をつくっていた。製品の芸術水準および価格水準も、簡素な製品から宮廷や展覧会用の特注品までと、さまざまであった。

 サジコフ家で最も有名な人物は創業者イグナチー・サジコフの息子で、その技巧から「ロシアのベンヴェヌート・チェッリーニ」と呼ばれていた。ロシアの古い食器の形状と農民のモチーフを使うことを考案し、19世紀後半の宝飾品で人気となる傾向を築いたのが、この息子であった。


紅茶・コーヒー道具セット
 サジコフは一流の芸術家を仕事に招いた。サジコフ商会は例えば、コンスタンチン・ニコラエヴィチ大公(アレクサンドル2世の弟)が結婚する際に、ビザンチン装飾のある銀食器を制作しているが、デザインを考えたのは芸術家・考古学者で古代ルーシ芸術の専門家であるフョードル・ソンツェフである。3頭立て馬車の屋内彫刻品の制作には、エヴゲニー・ランセレが加わっている。

 サジコフ商会の店と工房は1887年初めまで存在し、その後、フレブニコフ商会に移譲された。

I.P.フレブニコフ商会
 1871年に創業したイワン・フレブニコフの金、銀、ダイヤモンド製品の工房の沿革はあまり長くないが、とても人気があったし、ロシアだけでなく、オランダ、デンマーク、モンテネグロ、セルビアの宮廷の供給業者でもあった。制作の主な方向性は「ロシア・スタイル」で、木、靭皮、布といった他の材料の質感を銀で再現する職人技で特に知られていた。亜麻のナプキンがかけられた籐のかごも、完全に銀でつくられているが、「本物」のように見える。


 エナメルも重視されていた。インクスタンド、シガレットケース、タバコ入れは、古い多色模様で被覆された。王座の形をした塩入れ、古代のひしゃくや大杯のような食器、楼のインク瓶、雄鶏のサモワールと鶏の足のついた茶碗など、どれも想像力を駆使して作られている。逆さにしてテーブルに置くリュムカ(ショットグラス)も人気があった。底には踊る農民の彫刻の飾りがあった。贈り物用の高価な製品の装飾には、ラドネジの克肖者聖セルギイ、イワン雷帝など、ロシア史のシーンが用いられている。


杓子
 フレブニコフ商会はしばしばクレムリンからも受注し、職人がクレムリンの生神女福音大聖堂のイコノスタスや、救世主ハリストス大聖堂の礼拝用具を制作していた。

P.A.オフチンニコフ商会
 ロシア革命前の宝飾品市場では、現代でいうところのトレンド・セッター(流行創造人)の一社と考えられていた。創業者パーヴェル・オフチンニコフは絵の才能があったことから、農奴から解放され、自由を手にした。オフチンニコフ商会の製品は「ロシア・スタイル」だが、独自性もある。

 主な貢献はエナメルの復活と発展である。ひしゃくやイコンの縁飾りには、モールの極薄エナメル装飾が施された。

 モールは細くよじれた銀糸の表面装飾で、形成された目に彩色エナメルを充填していた。オフチンニコフ商会が初めて使用した「ステンドグラス」のエナメルは、さらに難しい技術であった。硬い基礎のないエナメルは、光を通すとまるでゴシック様式の大聖堂のステンドグラスのように見えた。

小箱
1882年
 職人は古いニエロ(黒金)技術も用いて、クレムリンやモスクワの大聖堂の景色のあるエッチング画を作りだしていた。オフチンニコフ商会の最も重要な注文品の一つは、モスクワ・クレムリンに位置する生神女就寝大聖堂の豪華な金メッキ銀のイコノスタスであった。

 オフチンニコフは工房付属学校も開校している。若者が5~6年、金細工や銀細工をここで学んでいた。19世紀の工房主の中では、初期に美術教育の重要性を理解した人の一人であった。

ケイベル商会
 ケイベル家はドイツ出身の宝飾家の家系で、18世紀末、サンクトペテルブルクで働いていた。宮廷向けに金とダイヤモンドの宝飾品を制作していた。中にはニコライ1世の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ向けの小さな冠もあった。

 だがケイベル商会の最も有名な作品は、19世紀後半に作られた記章である。ヴィルヘルム・ケイベル、その息子と孫は1841年から19世紀末まで、賞勲局(帝政ロシアで勲章やメダルを管理していた国家機関)の唯一かつ公式の勲章制作業者であった。

 厳しい規則があったにもかかわらず、ヴィルヘルムは一部の記章に変更を加えた。それまで、聖アレクサンドル・ネフスキー勲章および聖スタニスラフ勲章には、翼を降ろしたワシが描かれていたが、ヴィルヘルムは当時の硬貨の絵と同様、翼を上に広げた。勲等の高い金の勲章以外に、量産品の金属の記章も作っていた。

 20世紀に入る頃、ケイベル商会には「エドゥアルト」商会という競合があらわれた。エドゥアルト商会は賞勲局の第二の公式供給業者に指定された。そして1910年までにケイベル商会は制作を停止した。
テキスト: イリーナ・オシポワ
編集:オレグ・クラスノフ
写真提供: Topfoto/Vostock-Photo、 ロシア通信、 スシェノク/博物館「コレクション」、ロシア国立歴史博物館、 ファベルジェ博物館、 「貨幣・勲章」社
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